2014/08/26

銅版画!

今日は待ちに待った銅版画ワークショップに参加。
漫画家森泉岳土ご夫妻もご一緒で、わいわい楽しく、削ったり、浸したり、待ったり、拭いたり、摺ったり。


銅版画を教わるのは何度目かだけれど覚えが悪いんで新鮮。
色んな人の絵も見れてとても楽しい。
月二回くらいでこういうの、続けられたらいいのにな。
プレス機ほしいな。 



2014/08/06

ゆか、思い出の箱

昨日は実家にて、エアコンのない部屋の押入れの片付け。
何でこんな暑い日にわざわざ?
と疑問を抱けないくらいボーッとしながらの作業だったのだが、押入れの奥の奥に母の字で「ゆか 思い出」と書いてある箱を見つけ、カッと目を見開く。
興奮気味で開けると、確かにゆか、思い出の箱であった。

小3夏休みの自由研究の草花のスケッチや、濁点の付き方がおかしい日記、陶酔の詩、出だしだけやたらと気合の入った冒険小説まで出てきた。(夢オチ)
恥ずかしいと思いつつ読みだしたら色々とまらない。

中でも最高の「ゆか 思い出」は、小5の終わりに東京から栃木へ転校した時にクラスメイト全員が書いてくれた私宛の手紙、というか作文集だな。
一人当たり原稿用紙1枚から3枚、イラスト、ポエムあり。これはとても貴重だ。

「運動会の徒競走の時に2位から4位になって悲しかった時に、そっと励ましてくれてありがとう。」
など感謝の辞から、
「私、実は仲間はずれみたいだったから、砧公園に誘ってもらってうれしかったんだ。←仲間はずれっていうのは絶対ひみつだよ。」
など、当時のクラス内の人間関係やそれによる胸中など、小5という生き物が生々しくそこにある。

 上記のような 「ひみつ」「ないしょ」は結構あった。
去ってしまう人間になら皆正直になれたのだろう。
某君がゆかちゃんのこと好きだったんだよ、など今更の余計なお世話もあった。
ちなみにその某君は手紙の中で私のことを「君」と呼んでいた。
 「君がいなくなってさみしくなります」と。本当今更ぐっときた。

今の勤務先の図書館でも小5の女の子の恋の話などよく聞くけれど、そうだよね、私もこの頃ちょうど大人になっていくところだったんだよね、と何とも甘酸っぱいような気持ちに浸っていた。
 しかしある友達からの手紙の追伸で手が止まる。

「ゆかちゃんと校庭でやってたゴリラごっこがもうできないと思うととてもさみしいです。」

小5の女子がゴリラごっこ。
ムツゴロウさんに憧れていた私のことだ。さぞかしクオリティの高いゴリラだったであろう。
そんな私を好きでいてくれた矢部くん、ありがとう、お元気ですか?